きよしこの夜 星は光り
救いの御子は 馬船の中に
眠りたもう いと安く
今年もクリスマスがやってきました。
色々な場所でクリスマスにちなんだ曲を耳にします。その中でも「きよしこのよる」という曲は多くの方が知っておられることでしょう。
何気なく耳にするこの曲。皆様もつい口ずさんだことがあるのではないでしょうか。
しかし、皆さまはこの曲の歌詞の意味をご存じでしょうか。そもそもクリスマスとは一体何なのでしょうか?
救い主のご誕生
「きよしこのよる?」
この曲は、神様の御子、救い主であられるお方のご誕生を賛美するために作られた曲です。ある日の夜に、馬小屋でお生まれになられ、飼い葉桶で静かに眠っておられる救い主のご誕生の様子を歌っています。この曲は、1800年代に作られて後、今なお、およそ300程度の言語に翻訳され歌われ続けているのです。
「そもそもクリスマスとは…?」
クリスマスと聞くと、連想するのが、ケーキを食べ、プレゼントを贈りあって楽しんでいる様子が目に浮ぶことでしょう。実際に街中、イルミネーションが輝き、華やかな雰囲気に包まれます。しかし、クリスマスは、本来そのような日ではないのです。この日は、救い主であられるイエス様がお生まれになられたことを記念し、感謝する日です。先ほどの「きよしこのよる」もイエス様のご誕生を感謝する曲です。このイエス・キリストの誕生が全世界において祝われています。それは、イエス様が全人類の救い主であられるからです。クリスチャンは皆、救い主であられるイエス様のご誕生を記念し、感謝しているのです。
「なぜ来られたのか」
ではなぜ、イエス様は救い主として、来られたのでしょうか?イエス様は神様のひとり子であられ、また真の神様であられます。そして、イエス様は罪人を救うためにこの世に来てくださったのです。それは、この世界に神様の前で、完全な人間である、と言える人間は一人としていないからです。
義人はいない。1人もいない。(ローマ人への手紙 3章10節)
聖書における罪とは、刑法上の罪だけではありません。真の神様を信じず、自分勝手に生きることも大きな罪なのです、神様はこれらの罪に対して大きな怒りを抱いておられます。また、そのような人間を見て、深く悲しまれているのです。
罪からくる報酬は死です。(ローマ人への手紙 6章23節)
神様は聖く正しいお方です。ですから、人間の罪を見逃すことはなさいません。死後に、永遠の炎の燃える地獄で罪を裁かれるのです。そこに全ての罪人が投げ込まれ、永遠に苦しみ続けます。そこから逃げることも出してもらうこともできません。ただひたすら炎の苦しみと罪に対する後悔との中で、もがき続けるのです。このような恐ろしい場所に人間は向かっています。人間は神様の前に罪を認め、神様に罪を赦していただかなくてはいけません。
素晴らしい福音
キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。(テモテへの手紙 第一 1章15節)
イエス様は罪人を地獄から救うために、この世界に来られました。そして、その生涯の最後に十字架に架かられたのです。「イエス様の生涯には全く罪がありませんでした。
では、なぜ十字架に架かられたのでしょうか。それは、全人類の罪の罰を私たちの代わりに受けるためでした。十字架上で苦しまれたイエス様は死なれた後、墓に葬られました。そして、三日目の朝に復活されたのです。そして、このイエス様を皆さまの真の神様、救い主として信じるだけで、罪が赦され、天国に行くことができます。
今なお多くの人々が地獄へと向かっています。どうか神様の前に皆様が、罪人であることをお認めになり、イエス様を信じて下さい。神様は1人でも多くの人間が天国に帰ってくるのを待ち望んでおられます、どうか、この新聞に目が留まった機会にぜひ、イエス様を信じていただければ幸いです。

