今、私たちを取り巻く環境は、 徐々に変わりつつあります。戦後70年もの間戦争から遠ざかり、比較的平和に過ごしてきた日本もまた、変化しようとしています。中東の情勢悪化により、日本にも影響が及び、多くの人の心に不安があることでしょう。
困難な時代になれば、決まって出てくるのは「神なんかいるはずがない。神がいるならなぜ、こんなに残酷に世界を造ったのだ。」という言葉です。しかし、神様は確かにご存在され、この世界を完全なものに創り上げられました。
では、なぜ今の世は残酷さと困難に満ちているのでしょうか。
見よそれは非常に良かった
神はお造りになったすべてのものを見られた。見よそれは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。(創世記 1章31節)
こうして天と地のすべての万象が完成された。神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。(創世記 2章1-2節)
今、私たちが生きているこの世界は、真の神様が造られました。旧約聖書の創世記にはこの天地創造の様子が書かれてあります。それらは、全てが見事に調和し、優れたものでした。地は神様の祝福を受け、非常に良かったのです。エデンの園の中で、人間は一切の困難や争いもなく、幸せに暮らしていたのです。
悪魔の誘惑
そこで、蛇は女に言った。「あなた方は決して死にません。あなた方がそれを食べる時、あなた方の目の前が開け、あなたがたが知るようになることを神は知っているのです。(創世記 3章4-5節)
幸せな環境にいた人間でしたが、ただ一つ神様との約束がありました。それは、園の中央にある善悪の知恵の木の実をとって食べてはならないということでした。彼らは、それ以外なら何をしても良かったのです。しかし、彼らはその木の実を食べてしまいました。彼らを騙したのは、蛇を用いた悪魔でした。悪魔は人間に目が開け、神のようになると言って人間を神様に対して反逆させたのです。人間は神様に対して、「罪」を犯してしまいました。その結果、彼らはエデンの園から追放されてしまったのです。そして、人間は苦労して働き、生きていくことになったのです。また、この世界に罪が張り込み、完全だった世界に汚れを持ち込むことになってしまいました。この罪が世界を残酷で困難な物へと変えてしまったのです。今の世界のあらゆる困難、残酷さもすべて人間の罪が原因なのです。
神様への罪
義人はいない。一人もいない。(ローマ人への手紙 3章10節)
すべての人間は罪人です。そして、罪を犯した人間は神様から遠く離れ、生きる者となりました。その生き方は、ますます堕落し、この世界を造り、人間をも造ってくださった神様を無視するようになったのです。日本には多くの神と呼ばれる物があります。人間にとって神は都合の良いものでしかないのです。罪を裁かれる真の神様を認めたくないため、人間の手で作った仏像や石像を拝み、仕えているのです。これは神様に対する最も大きな罪であり、神様は大変悲しまれておられます。そして同時にその罪に対して、大きな怒りを抱いておられます。神様は罪を裁かれるお方です。それゆえ人間は死後、地獄にて罪の罰を受けることが定まっているのです。
永遠のさばき
人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まている(へブル人への手紙 9章27節)
罪の結果は永遠のさばきです。聖書が語っている地獄は、熱い炎の燃える場所です。そこで永遠に苦しみ続けるのです。すべての人間が死ぬように、すべての人間に同じく死後地獄でのさばきが定まっているのです。
神様の愛の御業
御子を信じる者はさばかれない。(ヨハネの福音書 3章18節)
神様は人間を愛しておられます。人間を神様が創ってくださったのも、人間が神様とともに歩み、神様のご栄光を表すために造られたのです。神様は、罪を犯し迷い出た人間を憐れんで下さり、恐ろしい地獄から救われる方法を用意してくださいました。それがイエス様の十字架です。神様はひとり子であるイエス様をこの地上へ遣わされました。そして、イエス様はその生涯の最期に十字架に架かられたのです。イエス様には一切の罪はありません。しかし、人間を地獄から救い出すため、身代わりとなって罪の罰を受けてくださったのです。十字架上で死なれたイエス様は墓に葬られ三日目に復活されました。そして、人間がイエス様の十字架での使徒三日目の復活を信じ、真の神様、救い主として受け入れるだけで罪が赦され、天国に行くことができるのです。
どうか、皆さまの罪を神様の前にお認めになり、イエス様を信じてください。そして、永遠の地獄ではなく、神様のおられる素晴らしい天国に行く方となられますよう心からお勧めいたします。

