2026年6月礼拝メッセージ③

使徒の働き 20章23節~35節

23 ただ、聖霊がどの町でも私に証しして言われるのは、鎖と苦しみが私を待っているということです。
24 けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。
 ~中略~
31 ですから、私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがた一人ひとりを訓戒し続けてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。
 ~中略~
35 このように労苦して、弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを、覚えているべきだということを、私はあらゆることを通してあなたがたに示してきたのです。」

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エペソ伝道におけるパウロの姿勢

 このメッセージは、パウロのエペソの地での3年間の伝道に関して、長老たちを前に、語ったものです。
 この3年間の伝道の働きにおいて、パウロはどのような迫害・困難があっても、それらを喜んで、甘んじて受け入れたのです。殉教の死を遂げることがあったとしても、自分の走るべき道のりを走りつくし、イエス様から受けた、神の恵みの福音を証するという姿勢で伝道に励んだのです(23~24節)。
 また、エペソの兄弟姉妹に対しても、日夜問わず仕えたことがわかります。パウロは、その生涯において与え尽くすという姿勢を、絶えず証しました(31節)。

 なぜパウロは迫害・困難の中、このように主と兄弟姉妹に仕えることが出来たのでしょうか。それは、パウロの心の中で、しっかりと力の源として働いていたものがイエス様の言葉であったからでした。

受けるよりも与えるほうが幸いである(使徒の働き 20章35節)

 このイエス様のみ言葉は、地上を歩まれたイエス様の姿勢そのものが表されています。イエス様は神の御子でいらっしゃり、永遠に御父との麗しい天での幸いな交わりを持つ御方であったにも関わらず、人間になってくださったのです。
 イエス様の誕生時に、両親によって神殿で捧げられたのが山鳥の雛であったことは、イエス様が大変貧しい家庭でお生まれになったことを意味しています。天で栄光を受けるべきお方が、ナザレの町で、誰にも顧みられることなくお過ごしになり、その後、公生涯に立たれると、神様に、また多くの人々にお仕えになられる歩みをなされました。

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11章28節)

 この御言葉は、イエス様が人に仕えられることの象徴ともいえる御言葉です。イエス様は徹底的に人に仕えられ、最後には自らのいのちをも捧げてくださいました。このイエス様の救いを頂き、パウロはクリスチャンを迫害する“奪う者“から兄弟姉妹に仕える”与える者“へと変えられました。

受けるよりも与えるほうが幸いである(使徒の働き 20章35節)

 この言葉を生涯の土台として、パウロは人生のすべてを捧げたのです。私たちもパウロに倣い、イエス様が生涯をかけて証なさったこの御言葉を信仰生活の力の源とできるならば幸いです。

 一度きりの人生です。私たちは毎日の生活の中で、このすばらしい御言葉により力を頂き、ますます、み旨に仕え、教会に仕える者でありましょう。

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