恵あるうちに 2018年 11月111号 「キリスト信仰の土台である復活」

恵みあるうちに111号

キリスト信仰の土台である復活

 クリスチャンと話をすると、キリストが歴史上の事実として墓の中からよみがえられたと信じていることが分かります。事実、世界中のクリスチャンは、復活を文字通りに信じています。
 そして、聖書を調べると、イエス・キリストの復活が信仰の土台であることが分かります。そのためにキリスト信仰に反対する多くの者たちが、復活は実際にはなかったと証明しようとしました。

 また、聖書を記したパウロ自身も

キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものとなり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。(コリント人への手紙 第一 15章14節)

と語っています。キリスト・イエスの復活がキリスト教の中心であり、土台なのです。

復活の証拠

 全ての人がまず知っておくべきことは、キリストの墓が空になったという事実です。多くのキリストを信じない人たちがこのことについて説明を試みました。

①弟子たちがキリストのおからだを盗んだという説

 弟子たちがキリストのおからだを盗む理由はありませんでした。彼らはそんな勇気も力もありませんでした。また、彼らはキリストの復活の後、キリストの死と復活を宣べ伝えました。もし彼らがキリストのおからだを盗んだと言うならば、彼らは嘘をいのちをかけて宣べ伝えたということになります。それはあり得ないことです。人間は自分の身を守るために嘘をつきます。嘘のためにいのちを捨てることはできません。

②ユダヤの指導者やローマ政府がキリストのおからだを盗んだという説

 彼らにはそのようなことをする意味がありません。そのようなことをしても、彼らに益はありませんでした。また、弟子たちがキリストの復活を宣べ伝えたときに、彼らキリストのおからだをに住んでいたのであれば、そのおからだを提示すればよかったのです。しかし、彼らにはそれが出来ませんでした。彼らはキリストのおからだを持っていなかったのです。また、もう一つの大きな事実はキリストの復活後の姿を見たものが多くいたということです。

キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。(コリント人への手紙 第一 15章6節)

とコリント人への手紙で記しました。この手紙は、キリストの十字架・復活後およそ25年後に書かれたものです。1世紀半ばにはキリストの復活を証言する者たちが数百人も生きており、そして彼らの内の多くのものはキリストのためにいのちを捨てたのです。
 キリストが復活されたということはこのように証明できる事実であり、そして復活されたキリストは生ける神の御子であるのです。

復活によって示された救い

 では、キリストは、どうして十字架上で死なれ、また復活される必要があったのでしょうか?それは人間の罪の罰を身代わりに受けるためでした。

キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれた(コリント人への手紙 第一 15章3節)

 全ての人は生まれた時からの罪人であり、数々の罪を神様に対して犯しています。偽の神を拝み、人を妬み、悪口を言ったりします。また、この世界を造られた真の神を礼拝せず、心を向けず、歩んでいるのです。その罪のゆえに人間は死後、裁きを受けなければなりません。それが永遠の火の池、地獄での裁きです。

しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。(ヨハネの黙示録 20章8節)

 人間は死後、それぞれの行いに応じて裁かれなければならないのです。
 しかし、神は私たち人間を愛しておられます。そのために、救いの道を用意してくださいました。
 神は、神の御子であられるイエス・キリストをこの世に遣わされました。イエス・キリストは30数年の生涯の最後に十字架に掛かられ、死んでくださったのです。そして死後3日目に復活によって、ご自身こそ真の神の御子であり、救い主であることを実証されました。

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。(ヨハネの福音書 11章25~26節)

 あなたもこのイエス・キリストを自分の救い主として信じるならば、全ての罪が赦され、もはや地獄に行くことはありません。永遠のいのちが与えられ、神の子どもとされ天国に行けるのです。イエス・キリストをご自分の救い主として信じ、受け入れてくださいますようにお勧めします。

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