クリスマスとは
毎年十二月を迎えますと、世界中の人々がクリスマスを待ち望みます。日本でも例外ではありません。もっとも、我が国では、イブの晩にケーキを食し、プレゼントを贈り合うことが、クリスマスとなっています。本当のクリスマスとは、全く異なる習慣です。イエス・キリストの誕生を祝うこと、それがクリスマスなのです。
では、イエス・キリストの誕生は、私たち人間にとってどのような意味があるのでしょうか。遠い外国での昔の出来事が、現代の日本に生きる私たちにどんな関係があるのでしょうか。
クリスマスの機会に、聖書に記された神様の愛と救いを、ぜひ知ってください。
キリスト誕生の目的
紀元前四年頃、イエス様は、イスラエルのベツレヘムにあった馬小屋でお生まれになりました。預言者イザヤは、誕生に先立つ七百年も昔に、イエス様を預言してこのように語りました。
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。一人の男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。 (イザヤ書 9章6節)
イエス・キリストは、なぜお生まれになったのでしょうか。しかも、預言のとおりにです。そこには、神様の人類に対する何か深いご計画が存在するに違いありません。
聖書には、イエス様のこの様な言葉が記されています。
人の子(イエス・キリスト)が来たのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、あがないの代価として、じぶんのいのちを与えるためである。(マタイの福音書 20章28節)
イエス・キリストの誕生の目的は、人類を救うために、ご自身のいのちを犠牲にして死ぬことであったのです。世界の歴史の中で、この様な愛と救いを与えた人物が誰か他にいたでしょうか。人間はみな、自分自身のことを求めるだけで、他人を救うために、自らのいのちを与えるほどの愛は持っていません。
人間の罪
イエス様は、群衆をご覧になって、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われました。それから二千年を経た現在は、以前に比べてどれほど進歩したというのでしょうか。
科学技術の発展は地球を一瞬にして破壊する核兵器を生み出し、人間の欲望追求の結果は自然環境を破壊の瀬戸際に追いつめてしまいました。人間はなぜ、ここまで愚かな者となってしまったのでしょうか。
すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。(ローマ人への手紙 3章12節)
彼らの目の前には、神に対する恐れがない。(ローマ人への手紙 3章18節)
人間は神様によって造られ、神様を信じて生きるべき存在なのです。しかし、人間は自らの欲望を神とし、真の神様を無視し逆らっているのです。これが罪です。罪の恐ろしさは、すべての人々がそれを心に宿していることです。そして、その事実をだれも気づいていないのです。
罪の裁きがあります
さらに、罪のもたらす最大の悲劇は、罪の刑罰にあります。
人間には、一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっている(へブル人への手紙9章27節)
人は誰でも死ぬものです。多くの人々が考えているように、死は無になることではありません。死は、肉体と霊魂が分離することであり、肉体は朽ち果て霊魂が死後にも存在し続けることを言うのです。
天国と地獄の二つの永遠が、人間の死後の世界です。罪は地獄で裁かれます。欲望を神として生きた人生の総決算を、地獄で受けるのです。
あなたは、この地獄の刑罰から救われなければなりません。
神様の愛をあなたに
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子(イエス・キリスト)を遣わされました。ここに愛があるのです。(ヨハネの手紙 第一 4章10節)
神様は、私たちの罪を赦され、地獄から救ってくださる愛をあらわされました。私たちの罪をイエス様に負わせ、十字架に付けて、私たちの罪の罰をイエス様に与えて処刑されたのです。紀元三十年四月七日のことでした。イエス様は墓に葬られました。しかし、死後三日目にイエス様は復活なさいました。
神様は、この救い主イエス・キリストを信じるすべての人々の罪を赦され、地獄ではなく天国へ行く者としてくださるのです。イエス様を信じて救われた者は、日々、神様を感謝し、天国という素晴らしい御国を待ち望みつつ、人生を生きることができるのです。
イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスは、クリスチャンにとって、神様の愛と救いを心から感謝する特別な日であるのです。
そして、あなたにとっても今年のクリスマスが、神様をほめたたえる日となりますことを心からお勧め致します。
どうぞ、十字架であなたの罪を背負い、身代わりに死なれ、三日目に復活なさったイエス様を、あなたの救い主として信じ救われてください。

