恵みあるうちに 2023年 9月127号 「救いとは?」

恵みあるうちに127号

救いとは?

 「信じる者は救われる」という言葉を聞いたことはないでしょうか。聖書の中には「救い」「信じる」という言葉が何度も出てきます。また教会で歌われる賛美の中にも「ただ信ぜよ。信じる者は誰も皆救われん」という歌詞があります。
 この「救い」とは何を意味しているのでしょうか。しばしば教会に、金銭、病気、人間関係など、様々な悩みを抱えている方が来会されます。それらの悩みを解決することが「救い」であると思われるのかもしれません。しかし、聖書が語る「救い」は、地上の様々な悩みを解決するというものではありません。全ての人間が抱えている最大の問題である、死と死後に待っている地獄の刑罰からの「救い」であるのです。
 これを読まれて「どうして私に地獄の刑罰からの救いが必要なのか」「私はそんなにひどい罪人ではない」と思う方がいらっしゃるかもしれません。確かに警察に捕まるような犯罪者ではないかもしれません。しかし、聖書が語る罪とは、警察に捕まるような犯罪だけを指すのではありません。罪とは、神様を無視し逆らうことです。

人間と神様の関係

 聖書には、この世界を造られた真の神様がご存在されると記されています。造られた世界や生き物の仕組みを通して、知恵と力をもって設計し、創造された神様がご存在されることは明らかです。

 その中でも人間は特別な愛の対象として造られました。神様は人間との愛の交わりを求められました。人間には神様の愛を喜び、愛に応えて生きるという幸いな目的が与えられたのです。神様はそのために、人間にいのちを与え、生きるために必要なものをこの世界に備えられました。

 ところが、人間は神様に生かされているにも関わらず、神様を無視して生きています。「神など存在しない」「神が存在しても自分とは関係がない」と考えています。他にも木や石で作られた偶像を拝み、真の神様を拒絶しています。これは神様に対する罪です。

・・不義によって真理を阻んでいる人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。神について知りうることは、彼らの間で明らかです。・・彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、・・朽ちない神の栄光を、朽ちる人間や、鳥、獣、這うものに似たかたちと替えてしまいました。(ローマ人への手紙1章18~23節) 

 さらに神様を無視した結果、嘘をつこうが、腹を立てようが、陰口を言おうが、不道徳を行おうが「人間なら誰でもやっていることだ」と言って、平気で罪を犯すようになっています。

 真の神様は人間の行い、言葉、心で考えたことも全てをご存知です。神様の前では何一つ隠し事はできません。自分の人生を振り返った時に、このような罪が一つもないと言える方がいらっしゃるでしょうか。聖書は

義人はいない。一人もいない。」(ローマ人への手紙3章10節)

とはっきり語っています。

死後の裁き

 神様は聖なるお方であって、罪を忌み嫌っておられます。また義なるお方であって罪を必ず裁かれます。

人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている(へブル人への手紙 9章27節)

と聖書に記されています。その裁きとは、火の燃える地獄に投げ込まれて、永遠に苦しみ続けるという刑罰です。死んで地獄に入ってしまったなら、二度と出ることはできません。ですから罪人には死後の地獄からの「救い」が必要であるのです。

備えられた救い

キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた(テモテへの手紙 第一 1章15節)

 驚くことに、神様は罪人を地獄の刑罰から救うために、天から救い主を遣わしてくださいました。その御方が神の御子イエス・キリストです。宗教の作り話、架空の存在ではなく、今から約二千年前に実在されたお方です。生涯の最後に十字架につけられました。それは、罪人が犯した罪を背負って罰を受けるためでした。すなわち、あなたの罪が赦されるために、身代わりに苦しんで死んでくださったのです。そして、墓に葬られましたが、三日目に死を打ち破りよみがえられました。その後、弟子たちに現れ、彼らの前で天に昇って行かれました。神様は復活を通して、このお方が天から遣わされた唯一の救い主であることを確証してくださいました。

救いの方法

 どうすれば「救い」を得ることができるのでしょうか。修行し、善行を積み、良い人間になることでしょうか。自分の努力で罪を帳消しにすることも、救いを獲得することもできません。神様は、行いによらず、信仰によって救いを与えて下さいます。誰でも、自分が神様の前に罪人であることを認め、悔い改めて、イエス・キリストを自分の神様、救い主であると信じるなら、信仰によって救われます。信仰とは、神様の約束を信じ、イエス・キリストに信頼することです。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは、御子を信じる者が、1人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネの福音書 3章16節)

 ぜひ皆さまも、神様が備えられた「救い」を受け取って、迫り来る死に備えて下さい。いつ、どこで、だれがその日を迎えるのか、分からないのですから。

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