恵みあるうちに 2016年 3月101号 「十字架の御業・十字架への道」

恵みあるうちに

 中国・四川省で2008年に大きな地震がありました。この地震で建物の下から子どもの上に覆いかぶさった状態での母親の遺体が発見されました。母親は箸を握りしめたまま、子どもに覆いかぶさっていたそうです。
 自分のいのちを犠牲にしてでも、愛する者を守りたい。この母親は必死の思いで守ろうとしたのです。
 この素晴らしい愛を皆さまに知っていただきたいのです。

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十字架の御業

 紀元30年4月、イエス様は12弟子とともに最後の晩餐の席についておられました。この時期は、ユダヤ人の過ぎ越しの祭りの時期で、イエス様もエルサレムを訪れておられたのです。12弟子とは3年半、共に時を過ごしてきました。しかし、その中の1人、イスカリオテのユダがイエス様を裏切ったのです。ユダヤ教の指導者に銀貨30枚でイエス様を売る事を密約していた彼は、その場から出て行ったのでした。
 その数時間後、イエス様はゲッセマネの園におられました。そこにユダが剣や棒で武装した群衆を連れてやってきたのです。そして、ユダは口づけをもってイエス様を裏切りました。

先生。お元気で(マタイの福音書 26章49節)

 彼らはイエス様を捕らえ、大祭司のところまで連れて行きました。そこで偽証をし、無実の罪を着せようとしたのです。そして、最後にはイエス様に目隠しをし、唾をかけて拳で殴りつけ、平手で打ちました。そのうえ、ひどい中傷をし、大変な仕打ちをイエス様に与えたのです。その後、夜が明けると、イエス様を訴えるため、ローマの総督ピラトのもとに連れて行きました。

この人には何の罪も見つからない。(ルカの福音書 23章4節)

 ピラトはイエス様に対して、3度無罪宣告をしています。しかし、ユダヤ人は妬みと憎しみに駆られ、「十字架に付けろ」と叫び続けたのです。その結果ピラトはその圧力に負け、イエス様を十字架に付けることを許したのです。

十字架への道

 イエス様は、人々から嘲笑され、鞭うたれ、辱められました。傷つけられたイエス様は、ゴルゴだの丘へと向かわれたのです。途中、余りにひどい傷のゆえに十字架を背負って歩くことができなくなっていました。この時、その場にいたクレネ人シモンが無理やり十字架を背負わされました。ゴルゴタの丘につくと、全裸にされ、十字架に付けられました。その間も人々からの嘲笑は耐えません。しかし、イエス様は黙って耐え忍ばれたのです。

父よ。彼らをお赦しください。(ルカの福音書 23章34節)

 イエス様は死後まで人間一人一人を愛され、そして、死なれたのです。

十字架の意味

 なぜ、イエス様はこれほど苦しみを受けられたのでしょうか。

義人はいない。1人もいない。(ローマ人への手紙 3章10節)

 人間は真の神様を無視し、自分の欲望を追い求めて生きています。これは神様の前に罪です。その罪のゆえに死後にさばきが定まっているのです。イエス様は本来、人間が地獄で受けるはずだった罪の罰を罪人の身代わりとなって受けてくださったのです。
 イエス様は十字架で死なれた後、墓に葬られ、3日目の朝に復活されました。500人以上の弟子たちの前にその姿を現されたのです。そして、40日後天に帰られました。イエス様は真の神様です。そして、皆さまがこのイエス様を真の神様、地獄からの救い主だと信じるだけで皆さまの罪は全て赦されます。そして、死後の恐ろしい火の燃える池ではなく、神様のおられる天国に行くことが出来るのです。

御子を信じる者は裁かれない。信じないものは神のひとり子の御名を信じなかったので、すでに裁かれている。(ヨハネの福音書 3章18節)

 イエス様はご自身のいのちを捨てて、人間を救ってくださいました。どうか、このイエス様の素晴らしい愛を受け取っていただきたいのです。イエス様は今も天で皆さまが立ち返るのを心から待っておられます。どうか、神様の前に罪をお認めになり、イエス様を信じ、救われる方であってください。

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