恵みあるうちに 2025年 1月132号 「よく考えもしないで信じたのでないなら」

恵みあるうちに132号

よく考えもしないで信じたのでないなら

 「~を見直しませんか。」このようなフレーズをしばしば見聞きします。保険料の見直し、生活習慣の見直し、人間関係の見直し・・・。なぜ見直しが勧められるでしょうか。今まで続けてきたこと、行っていることが良いものなのかどうかを検討することができるからです。現状を見直すことで、そのまま続けるべきか、変えるべきかを判断することができます。
 いろんな見直しがある中で、人間にとって大切な見直しとは何でしょうか。お金、健康、人間関係もいずれも大切なものですが、それ以上に人生に大きな影響を与えるのは信仰ではないでしょうか。信仰と聞いて、私は宗教とは関係がないと思われる方もあるでしょう。たとえ宗教がなくても、誰もが何かしらの考えを信じて生きています。無神論でも神がいないという考えを信じています。何を信じるかによって生き方や、考え方は大きく変わります。皆様は何を信じて生きておられますか。

 聖書には「よく考えもしないで信じたのでないなら・・・この福音によって救われる」と記されています。信じるためには、一人ひとりがよく考える必要があります。聖書が語る信仰とは「納得のいかないことを無理やり頭に詰め込むこと」「ただ決められた形式や行事を守ること」「本当かどうかわからないもの、証拠がないものを盲信すること」ではありません。
 信じる理由の一つに「親や尊敬する人が信じているから。」というものがあります。親しい人との共通点、先祖代々という伝統、幼い頃から続けてきた習慣は、それが良いものだと思わせるかもしれません。また、「この家に生まれた以上変えることはできない。」と運命的に考える方もおられます。その結果、自分で考える責任や、自分の意志・決断の自由を放棄しています。周りに合わせる、本当にそのままで良いのでしょうか。死の時が来るなら、人は一人でこの世を去らなければなりません。信仰とは個人的なものです。ですから、自分が何を信じているのかを見直すために、人生にとって重要な質問を考えてみましょう。

①人間はなぜ存在しているのか。

 「人間は偶然進化して存在している」という考えがあります。もしこの考えを信じるなら、「人間は偶然の産物であって、生きる目的はない。」となります。「人生とは欲望を追求し、最後には土に帰って消えてなくなるだけ。」という絶望的な結論に至ります。しかし、聖書は、知恵と力のある神様が人間を創造されたと語っています。

神は人をご自身のかたちとして創造された。(創世記 1章27節)

②人間の生きる目的は何か。

 神様は、ご自分の栄光を現すために人間を造られました。それは、人間が神様の愛と恵みと偉大さを知って、神様を愛し、ほめたたえ、永遠に共に生きるためです。ところが、人間が神様を無視した結果、この世界は、嘘、妬み、盗み、悪口、いじめ、殺人、性的不道徳、偶像礼拝などの罪があふれています。

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造した。これを形造り、また、これを造った。(イザヤ書 43章7節)

③人間は死後どうなるのか。

 死後について様々な推測があります。「消えてなくなる」「生まれ変わる」「天国に行く」・・・。死後の世界を見てきた人はいません。人の経験も科学も死後について答えることはできません。では、どうすれば確かな答えを得ることができるでしょうか。死後について語る権威を持っておられる神様にたずねる以外に方法はありません。聖く、正しい神様は、死後に罪の裁きがあると聖書を通して警告しておられます。その裁きとは、永遠の火の池の地獄に投げ込まれることです。

人間には、一度死ぬことと死後にさば きを受けることが定まっている(へブル人への手紙 9章27節)

 しかし、神様は、罪人をあわれんで、救いを用意してくださいました。神様は、今から約二千年前にご自分のひとり子であるイエス・キリストをこの世に人として遣わしてくださいました。そして、イエス様は、十字架にかかり死なれました。その死は、私たちが地獄で受けるべき全ての罪を背負って、身代わりに神からの刑罰を受けるためでした。そして、イエス様は、死後三日目によみがえられ、ご自分が救い主であることを明らかにしてくださったのです。
 復活こそイエス・キリストが神であり、救い主である確かな証拠です。遺体が葬られた墓が空になり、五百人以上の人たちが復活されたイエス様を目撃し、弟子たちは命をかけてこの福音(罪の赦しの良き知らせ)を宣べ伝え、殉教しました。嘘と分かっていることのために死ぬ人はいません。復活は作り話ではなく、歴史的な事実です。

キリストは、聖書に書いてあるとおりに、 私たちの罪のために死なれたこと、 また、 葬られたこと、また、聖書に書いてあると おりに、三日目によみがえられたこと、(コリント人への手紙 第一 15章3~4節)

 聖書が語る信仰とは、罪を悔い改め、十字架で死なれ、復活されたイエス・キリストを「私の神、私の救い主」と心に信じ、受け入れることです。その結果、罪が赦され、地獄の刑罰から救われます。そして、天国で永遠に神と共に生きるという希望と喜びが与えられます。
 皆様の信仰はいかがでしょうか。よく考えた上で信じられたでしょうか。人生についての確かな答えをっておられるでしょうか。イエス・キリストを信じて、確かな証拠に基づいた信仰を持つ方となって下さい。

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