「真理とは何なのか。」
この言葉は今から約2000年前にローマの総督ポンティオ・ピラトが語った言葉です。それよりも400年以上も前からギリシャ哲学者たちは真理を探求しており、今も世界中で続けられています。真理なるものがあるのでしょうか。もしあるなら、どこにあるのでしょうか。誰も到達しえない遠いところでしょうか。すぐ側でしょうか。一部の人にしか理解できないのでしょうか。誰でも知ることができるのでしょうか。
聖書の中に真理という言葉が100回近く出てきます。旧約聖書のヘブル語「エメト」は、信頼性・確実さ、安定・持続、誠実さを意味し、新約聖書のギリシャ語「アレセイア」は、真実、本当のこと、ありのままを意味します。つまり、聖書が語る真理とは、偽りでなく、隠されておらず、真の実態を明らかにするものであり、永遠に変わらない絶対的に確かなものということです。聖書はベストセラーであり、多くの言語に翻訳され、世界中で読まれてきました。興味と関心を駆り立てる何かがあるのです。それこそ聖書に記されてある真理なのです。聖書は、偽ることのできない神様が、人間に与えてくださった真理のことばなのです。
あなたのみことばは真理です。(ヨハネの福音書 17章17節)
聖書が明らかにしている真理とは何でしょうか。
神とは
天を創造した方、すなわち神、地を形造り、これを仕上げた方、これを堅く立てた方、これを茫漠としたものとして創造せず、住む所として形造った方、まことに、この主が言われる。「わたしは主。ほかにはいない。」(イザヤ書 45章18節)
神とは、人間が想像してつくり上げたものではなく、理想の投影でもありません。この世界とその中にあるすべてのものを造られた実在の御方です。それは宇宙や自然界、動植物の秩序や仕組みを見れば明らかです。
人間とは
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。神は彼らを祝福された。(創世記1章27~28節)
人間は神様が造られたものの中で特別な愛と祝福の対象でした。人間だけが、動物にはない霊が与えられており、神様を知ることができるのです。人間は偶然に存在するようになった無意味で無価値な存在ではありません。神様と共に生きるという大切な存在の目的があるのです。
罪とは
罪とは無法です。(ヨハネの手紙 第一 3章4節)
罪とは真の神様を認めず、拒絶することであり、自分勝手に生きることです。聖書ではこれを無法(不法)と呼んでいます。最初の罪は創世記3章に記されています。人間は、神様から一つの戒めが与えられました。「あなたは園のどの木からでも思いのままに食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」しかし、悪魔は、「決して死なない」「それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となる」と偽りを語り、人間を神様から引き離そうとしました。人間は、悪魔のことばを信じて、自分の望むままに、罪を犯したのです。その結果、人間は罪人になり、死ぬべきものとなりました。それ以来、偽りの父である悪魔は、「神などいない」、「死んだ後のことなんてわからない」「欲望と快楽を追及することが生きる目的であり、幸せである」と語り続けています。その結果、この世界は罪に満ちています。性的不道徳、偶像礼拝、妬み、争い、嘘、盗み、陰口、中傷、憎しみ、殺人、親に逆らうこと・・・。
死とは
人間には、一度死ぬことと裁きを受けることが定まっている(ヘブル人への手紙9章27節)
死とは肉体と魂の分離であると聖書は教えています。無になることや生まれ変わることではありません。正しい神様は罪を必ず裁かれます。人間の隠された行動や言葉、心の中で考えたことまでご存じであり、すべてが記録されているのです。罪に対する罰とは、火の池である地獄に投げ込まれるというものです。昼も夜も、世々限りなく苦しみを受けるのです。本来、地獄は悪魔のために用意された場所ですが、真理を拒絶し神様に逆らう者たちも共に投げ込まれるのです。
救いとは
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネの福音書 3章16節)
神様は罪を憎まれますが、変わることなく人間を愛しておられ、地獄の刑罰からの救いを用意してくださいました。約二千年前に罪なき神のひとり子をこの世に遣わし、全人類の罪を背負わせ、裁かれたのです。キリストは、あなたを愛して、身代わりに十字架で罰を受け、いのちを捨ててくださいました。しかし、驚くべきことが起こりました。死んで墓に葬られた後、三日目によみがえられ、弟子たちの前に姿を現され、生きたまま天に上げられたのです。墓は空になり、恐れて隠れていた弟子たちは命がけでキリストの復活を宣べ伝えました。イエス・キリストは復活し、永遠のいのちを保証し、今も天で生きておられるのです。
誰でも神様を無視して自分勝手に生きるという考えが間違っていたことを認め、悔い改めて、イエス・キリストを「私の神、私の救い主」と信じるなら、すべての罪がゆるされ、永遠のいのちが与えられます。天国で永遠に神と共に生きることができるのです。
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。(ヨハネの福音書14章6節)
あなたを救うこの尊い真理を信じ受け入れ、救われる方となってください。

