「パパ、人間って死んだらどこに行くの?」(恵みあふれて 第22号)

 以前、ある親子の会話についての記事を、読みました。

「ある時、子供が私に「パパ、人間って死んだらどこに行くの?」と聞いてきました。そして私は「パパもよくわからないけど、天国とか地獄とかあるっていうよね。」と答えました。すると、子供が「ぼくは死んでもパパと同じところに行きたい。ずっと一緒にいたい。」と言いました。私は帰宅後、一人で泣きました。」

 これは子供の素朴な疑問です。あなたならば死んだらどうなるか聞かれたら、何と答えられますか?死についてはまだ考えなくても良いと答えられますか?

 しかし、死について考えることは、とても大切なことです。なぜなら、死なない人は誰もいないからです。すべての人が、いつかは必ず死を迎えるのですから、そのことについて考えるのは自然ですし、むしろ、それは考えなければならない重大な問題です。

 皆様は、この大切な疑問や悩みに対する答えをお持ちでしょうか?

二種類の答え

 天国や地獄が実在するのか、それとも実在はせず、人は死によって何もかもが無になってしまうのか、この答えは、創造主なる神様が現実に存在するのかどうかで決まります。

①  神様が存在しない場合

 作品は、作者の目的に従って造られますが、偶然に発生したものにはそれがありません。同様に、もしも創造主である神様が存在されないならば、人は目的無く、ただ自然発生した存在となり、死ねば何もかもが永遠に消え失せてしまうことになります。当然、神様のおられる天国も、罪を裁く地獄も存在しないことになります。

②  神様が存在する場合

 神様が現実に存在するのなら、神様のおられる天国も罪を裁く地獄も存在することになります。人間は、神様のご意志と目的によって造られた存在として、死によって消え失せてしまうことはありません。

 真実はどちらなのでしょうか?

 良くデザインされた物は、それ自体がデザイナーが存在することを証明しています。同じように、この世界や全ての動植物には、すばらしいデザインがあり、それ自体が人間を超えたデザイナーが存在することを証明しています。全ての創造主である神様は現実にご存在されるのです。聖書に次のように書かれています。

「家はそれぞれ だれかが建てるのですが、すべてのものを造られたのは神です。」   (ヘブル3章4節)

 そして聖書は、人間の死後の行き先について、地獄か天国のどちらかであると明確に語っています。

それでは誰が天国に入れるのでしょうか?そして、誰が地獄に行くのでしょうか?そのことについては、次のように記されています。

「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」       (ヘブル9章27節)

 本来なら、すべての人が罪の刑罰である地獄へ行かなければなりません。なぜなら、私たちは天国に入れるほど正しい人間ではなく、それどころか、たくさんの罪を犯してきたからです。人はこの事実を、心の中では知っています。それで死に直面すると、自分の罪を思い出したり、死に対する恐怖を感じるのです。

 しかし神様は私たちを、罪も、悲しみも、苦しみもない、幸いな天国に迎えて、永遠に愛したいと望んで下さっています。そこで私たちを救うために、神のひとり子であるイエス・キリスト様を与えて下さいました。キリストは、私たち罪人の身代わりとなって十字架で死に、罪の刑罰を受けて下さいました。そして死後三日目の日曜日の朝に復活されました。

 誰でも自分の罪を認め、悔い改めてイエス・キリストをまことの救い主として信じるなら、神様の前で完全に罪が赦されます。そして、もはや裁かれることはありません。地獄ではなく、天国に入ることができます。お金も難行苦行も必要ありません。誰でもイエス・キリストを信じる人を、神様は恵みで天国へ入れてくださいます。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」(ヨハネ11章25節)

「私たちの国籍は天にあります。」        (ピリピ3章20節)

 キリストを信じた人は、死を前にしても天国の希望によって平安を持ち、喜びにあふれることさえできます。

 ですから、どうかあなたもこのすばらしい救いを受け取る方となって下さい。

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