教会新聞 ~あなたは愛されています~

愛がなくては…
私たち人間は「愛」を求めます。愛されること、また愛することは、私たちにとって喜びです。家庭でも、学校でも、職場でも、愛があるゆえ耐えられる苦しみもあります。愛がなければ何と辛くむなしい人生を送らなければならないことでしょう。 けれども、本当に私たちの心を満たす愛がこの世にあるでしょうか。「愛」をテーマにした映画や音楽で感動を覚えますが、それは映画の世界、音楽の世界の中だけで、現実にそのような愛を見出すことはできません。「世界が滅んでも私はあなたを愛する…」 ドラマに出て来るこのような言葉に感動を覚える方もいるでしょう。しかし、人間の心は移り変わり、些細なことで愛が覚めてしまうのが現実です。子供を想う親の犠牲愛も、子供のわがままで怒りに変わってしまいます。愛は確かに素晴らしいのですが、多くの方は、「決して変わることのない愛など、この世のどこにもない」と、愛というものに失望しているのではないでしょうか。
けれども、ここに本当に私たちの心を満たす決して変わらない愛があります。それは…神の愛です。神様は、永遠なるお方、決して変わらないお方、完全なお方です。神様の愛が私たちの心を本当に満たすのです。
神様は本当におられます
神様という方は、人間が頭で考えた空想ではありません。本当にご存在されるお方です。この世界と私たち人間の身体を見てください。素晴らしい仕組みを持っています。このような素晴らしい仕組みは決して偶然にできるものではありません。家も車も偶然には出来ません。人間が考えて作ったのです。人間の身体は、家や車よりもはるかに素晴らしい仕組みを持っていますから、なおさら偶然には出来ません。私たち人間を造られた神様は本当におられます。
神様が人間を造られた以上、必ず神様からのメッセージがあるはずです。親が生まれた子供に語りかけるのと同じように、神様からのメッセージがあります。それこそ「聖書」です。全世界の、そして全時代の人々に一番大きな影響を与えているこの聖書こそ、神様からのメッセージなのです。
聖書には、 人間は神様との愛の交わりを持つために造られたことが記されてあります。人間は永遠に変わらない神様の愛を受け、その幸いを味わい、そして神様に感謝して、神様を喜びあがめるのです。このために私たち人間は造られたのです。
神様から離れた人間
以前ある人がこのように語っていました。「神様なんていてもいなくてもどっちでもいい。私には全然関係ない。全く興味がない。」と。これはどれほど神様を悲しませる言葉でしょうか。親は子供の成長を願い、愛をもって養い育てます。しかし子供が全く親に感謝せず親を無視するなら、どれほど親を悲しませることでしょう。同じことを人間は神様に対して行っているのです。神様を無視して求めない…これはすべての人の思いです。それでいて、地蔵や仏像などの作り物や死んだ先祖を自分の守り神として拝んでいます。これは、真の神様に対する大きな罪です。このゆえに、人間は罪のさばきを受けることとなりました。
人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている(聖書)
そのさばきは、死後の永遠の火の池である地獄です。
「愛なる神様が、どうして人間を地獄に落とすのですか?」と思われるかもしれません。それは、神様が完全に義なる正しいお方であるからです。神様は罪に対して怒っておられるのです。神様はご自身の正しさに反して愛を示すことはおできになりません。しかし、神様は愛なる方ですから、人が滅びることを望んではおられません。神様は、どんな罪人も決して地獄で滅びることなく生きることを、しかも永遠の喜びをもって生きることを願っておられます。
神様の愛と救い
そこで神様は、全ての人を救うためにご自分の最愛の御子を人とならしめ、救い主として遣わして下さいました。その方こそ、聖なる神の御子イエス・キリストです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(聖書)
「愛は犠牲の大きさによって測られる」と言われます。神様は、イエス様の上に全ての人の罪を背負わせ、身代わりとして罪に定め、十字架に釘付けにされました。そしてご自身の罪に対する怒りを全てイエス様に注がれたのです。そしてイエス様は、全ての人を救うためにご自身の命を自ら犠牲にされました。ここに神様の愛が示されました。それは、神様の愛の対象であるあなたに対してです。
そして神様は、十字架で死なれたイエス様を死後三日目の日曜日の朝によみがえらせ、イエス様こそ全ての人を救う救い主であることを示されました。イエス様の復活は、空想ではなく歴史的事実です。イエス様は今も天に生きておられます。この救い主イエス様を信じるなら、全ての罪がゆるされて永遠の素晴らしい天国に行くことができます。そして、神様の永遠の愛と祝福を受けることができるのです。
私たち人間は、人に知られないように自分の心を隠します。そして、自分を立派に見せようと努力します。それは嫌われることを恐れるからではないでしょうか。しかし神様は、あなたの全てを知っておられ、その上であなたを愛されました。神様は、あなたを天国に迎え入れ、永遠に変わらない愛、命を犠牲にするほどの愛であなたを満たしたいと願っておられます。どうかイエス様を信じて、神様の愛と永遠の天国に行く救いを受け取って下さい。
