人生、むなしくありませんか。(2018年春号)
「空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。」(伝道者の書 1:2)
むなしい人生
「空(くう)」とは、むなしいという意味です。以前、ある80代の男性の方が教会にお越しになり、「人生はむなしい。」としきりに語っておられました。長い人生の中で様々なことを見聞きし、経験して来られたはずですのに、心の中にはむなしさがあり、満たされない思いがあるということです。あなたは、人生にむなしさを覚えられたことはありませんか。「単調な毎日をただ繰り返し、最期は死を迎える。そんな人生に何の意味があるのだろうか。」「何のために生きているのだろうか。」「なぜ無意味な人生のために労苦しなければならないのか。」と、多くの方は心のどこかで感じながらも、むなしさを必死にごまかして生きているのではないでしょうか。
むなしさの原因
なぜ人はむなしさを覚えるのでしょうか。金銭や仕事や人生のパートナーに恵まれていないからでしょうか。決してそうではありません。もし仮に、この世のものすべてを手に入れたとしても、あなたのむなしさが解消されることはありません。なぜなら、「空の空」と語ったのは、栄華を窮めたソロモン王であるからです。ソロモンは、絶大な権力と富と知恵を持っていました。そして、笑い、快楽、酒、事業、邸宅、園芸、財宝、音楽、女性など、心のおもむくままにあらゆる楽しみを味わってみたのです。しかし、晩年の彼が出した結論は「見よ。すべては空しく、風を追うようなものだ。」(伝道者の書2:11)でした。その原因は、彼が唯一真の神から離れて生きていたからなのです。「実に、神から離れて、だれが食べ、だれが楽しむことができるだろうか。」(伝道者の書2:25)
神から迷い出た結果
しばしば、ショッピングセンターなどで子どもが迷子になることがあります。迷子になった子どもは、店員に引き取られて親が来るのを待ちますが、不安と心配で泣いてしまいます。そこで店員は、子どもをなだめようとおもちゃを出したり、お菓子を与えたりして、気を紛らわせます。しかし、子どもはしばらくすると、親がいないという事実を思い出してまた泣き始めるのです。ところが、親が迎えに来て、親の懐に抱かれたならば、子どもは安心し、泣き止むのです。迷子の子どもにとって、親のもとに帰らない限り、本当の満足はありません。それと同じように、人間も造り主である真の神のもとに帰らない限り、本当の満足はないのです。
人は、神の愛と祝福の対象として造られました。ですから、神と共に歩む人生にこそ、人間にとっての本当の満足があるのです。神から離れて生きるからこそ、人は自らの価値も人生の意味も見出せなくなり、むなしくなるのです。
また、神から離れることの悲劇はそれだけではありません。神から離れることは、神に対する最大の罪です。それゆえ、死後に永遠の火の池である地獄に投げ込まれて、刑罰を受けなければならないのです。「神は、善であれ、悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」(伝道者の書12:14)人間が神から離れて生きるのは、自分の欲望に従って生きたいがゆえに神の支配を拒むからです。神に愛され、生かされていながら、自分勝手に神を捨てる態度は、どれほど神を悲しませ、怒らせていることでしょうか。ですから、もしあなたも神と無関係な人生を送っているのでしたら、一刻も早くその罪を認め、神に立ち返らなければなりません。
神の救い
人間が身勝手に神を捨てたにも関わらず、それでも神は人間を愛しておられます。神は、あなたが地獄でさばかれることを決して望んではおられません。そこで神は、あなたを、むなしい人生から、そして死後のさばきから救うために、ひとり子イエス・キリストを十字架にかけてくださいました。神は、あなたのすべての罪をキリストに負わせ、あなたの身代わりとしてさばいてくださいました。そして、キリストを死後三日目によみがえらせ、キリストこそ唯一の救い主であることを示してくださいました。ですから、あなたがキリストを信じるならば、地獄から救われて、永遠の天国に入る者とされるのです。「もし、あなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる」(ローマ10:9)そして、神と共に歩む幸いな人生を送ることができるのです。「あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」(第一ペテロ1:18、19)どうか、イエス・キリストを、あなたの救い主として、神として信じ受け入れてください。