地獄の説教者イエス(2016年春号)
以前ある方に聖書の救いをお伝えしたところ、次のようなことばが返ってきました。「お話は分かりました。けれども、ひとつだけ、地獄の存在については納得できません。愛なるイエス様が、地獄だなんて恐ろしいことを語って人を脅すようなことをなさるでしょうか。」実に、多くの方が地獄の説教に対して「失礼だ!」「脅しだ!」「それはキリストの教えではない!」と言って反発され、中には怒って帰ってしまわれる方もあります。しかし、神のことばである聖書には、地獄の存在がはっきりと書かれてあります。そして、誰よりも地獄について語られたのはイエス・キリストなのです。
次の聖書箇所は、キリストの説教の一部です。
「もし、あなたの手があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。片手でいのちに入るほうが、両手そろっていてゲヘナの消えぬ火の中に落ち込むよりは、あなたにとってよいことです。もし、あなたの足があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。片足でいのちに入るほうが、両足そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。もし、あなたの目があなたのつまずきを引き起こすのなら、それをえぐり出しなさい。片目で神の国に入るほうが、両目そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。そこでは、彼らを食ううじは、尽きることがなく、火は消えることがありません。」(マルコ9:43~48)
新約聖書には、死後の苦しみの場所を指す「ゲヘナ」ということばが12回出てきます。そして、その内11回がキリストのことばです。キリストこそ、人々に地獄について誰よりもはっきりと語られたお方なのです。
地獄を警告する理由
では、なぜキリストは地獄を語られたのでしょうか。それは、本当に地獄が存在するからです。神は、聖書を通して地獄があると語っておられます。一度も死んだことのない人間の語る死後観には何の説得力もありませんが、神のことばは確かです。神は決して偽ることも騙すこともされません。神が「地獄はある」と仰るのですから、地獄は存在します。また、罪に対して刑罰があるというのは、当然のことです。人間社会においても犯罪者は法に基づいて処罰されます。なおさら、神は人間よりも正しい方なのですから、神が罪の刑罰の場所として地獄を用意しておられるというのは当然のことです。このように、神の宣言と正しさに基づいて、地獄が存在すると断定できます。ですから、キリストは脅しとしてではなく、警告として地獄を語られたのです。
我が子が崖に向かって歩いているとすれば、当然親は「その先は崖だ!すぐに引き返しなさい!」と強く警告するはずです。誰もその親に向かって「あの親はひどい。子どもに崖に落ちると言って脅している。子どもがかわいそうだ。」とは言わないはずです。我が子を愛するからこそ、危険な目に遭わないように親は真剣に警告するのです。同様に、キリストは、人々が地獄に入ることがないように、愛をもって強く警告されたのです。
地獄の恐ろしさ
キリストが何度も地獄について語られたのは、地獄が本当に恐ろしいところだからです。地獄について聖書は次のように教えています。
「のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入れ。」(マタイ25:41)
「そこでは、彼らを食ううじは、尽きることがなく、火は消えることがありません。」(マルコ9:48)
「そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。・・・昼も夜も休みを得ない。」(黙示録14:11)
「火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。」(マタイ13:50)
地獄は絶望的な場所です。うじに食われ、消えることのない火で焼かれ、永遠に苦しむのです。この世の刑務所ならば、刑を受ける所とは言え、夜には眠ることができ、昼にも休憩があります。しかし、地獄の中では一瞬たりとも休まるときはないのです。「もうやめてくれ!」とどれだけ泣いて求めても二度とそこから出てくることはできないのです。
地獄は、本来、神に背いた悪魔とその使いたちのために用意された場所ですが、神を拒んで罪を犯した人間をさばく場所でもあります。「おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。」(黙示録21:8)もし、ここに書かれてあることに一つでも当てはまるなら、あなたも死後、地獄に投げ込まれなければならないのです。
地獄からの救い
しかし、地獄からの救いがあります。神は、あなたを愛しておられるので、あなたが地獄に投げ込まれるのを決して望んではおられません。
「わたしは誓って言う。──神である主の御告げ──わたしは決して悪者の死を喜ばない。かえって、悪者がその態度を悔い改めて、生きることを喜ぶ。」(エゼキエル33:11)
そこで、神は救い主をこの世に遣わしてくださいました。その方こそ、イエス・キリストです。紀元三十年に、罪の全くないイエス・キリストが十字架に架かって死なれました。それは、あなたの罪の刑罰を身代わりにお受けになるためだったのです。
「キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、・・・私たちを神のみもとに導くためでした。」(第一ペテロ3:18)
あなたの罪に対する刑罰は、十字架上のキリストに下されました。ですから、あなたが罪を認め、救いを求めてキリストを信じるなら、神はあなたのすべての罪を赦してくださり、天国へと入れてくださるのです。救いを得るために手足を切り捨てたり、目をえぐり出す必要はありません。キリストを信じる信仰によって神はあなたを救ってくださいます。この救いが確かであることの証拠として、キリストは死後三日目に復活され、多くの弟子たちにその姿を現され、ご自身が神であり救い主であることを示されました。
神はあなたを愛しておられます。愛しておられるからこそ、絶対に地獄に行ってはならないと警告しておられます。どうか、神の御声に耳を傾けてくださり、イエス・キリストを信じて天国に入る方となってください。