教会新聞

ある悲劇(2022年春号)

恵みによって 「ある悲劇」

生き残った青年

1946年の正月、東村泰男氏(仮名)は敗戦後間もなく国に帰ることができ、故郷の実家で両親の元気な顔を見ながら元旦を迎えることができたことを非常に喜んでいました。彼が所属していた部隊がいた場所が、たまたま中国の海岸近くの町であったので、すぐに帰還が許されたのでした。しかも健康で日本に復員できたことは非常に幸運でした。

彼の出身地は長野県の松本市の近くでした。彼が生まれた村は山の近くで、彼の家はかなり裕福でした。彼の家の財産は広い山林と、かなり広い田畑でした。子どもの時から彼は頭の良い子だと人々から認められていました。親類縁者の期待に背かず彼は松本の有名高校に入り、そこを卒業し、東京帝国大学(今の東京大学)の経済学部に入学しました。しかし、戦争が始まってしまったので、彼は大学を3年で卒業させられてしまいました。

大学を卒業した若者たちの多くが徴兵された時、幹部候補生と言って簡単な試験にパスするといきなり下士官になり、次にその上の士官になる道に進んだのです。しかし彼はそれが嫌でその道を進まなかったので、一番下の階級である二等兵になったのです。それが彼には幸運であったのです。彼の友人の多くが士官となったために戦地に送られる途中で船が沈没して死んでしまったのです。

栄光への階段

久しぶりの正月を故郷で過ごした東村氏は、まだ焼け野原のままである東京に出てきました。勤めると言っても会社がありません。東京には多くの浮浪者がひしめき、戦地から帰ってきた兵士たちが、仕事がないために、田舎から食料を仕入れて東京まで担いで運び、それを売ってわずかな生活費を稼いでいました。

焼け野原の東京にあちらこちらに新しい家が建ち始めていました。それを見た彼はさっそく郷里に帰り、父親を説得し、家の財産である山林の木を切り出し、それを製材して東京に運ぶことを始めたのです。彼の考えは当たりました。木材は非常に高く売れたのです。

その次に彼がしたことは、儲けた金で東京の銀座近くの土地を1ブロックそっくり買うことでした。そして、仕事がない人々を集め、焼け跡から鉄くずを集めさせ、それをせっせと買い付け、その土地にうずたかく積み上げたのです。焼け崩れたコンクリートのビルがあちらこちらにあり、鉄筋が崩れたコンクリートの壁から露出しているのがいくらでも見えた時代では、鉄くずを集めることは容易でした。

すぐに大手N製鉄会社が再建され、鉄の生産が始められました。さっそく彼は買い貯めていたくず鉄をN製鉄会社に持って行きました。N製鉄会社も大量のくず鉄がすぐに手に入ったので非常に喜びました。それを契機にして、彼は鋼材の卸会社を設立し、N製鉄会社と契約を結びました。彼の会社を通してその会社の鋼材が大量に売られました。ビルの建築、機械の製造など、ありとあらゆるところで鉄が使われました。それで彼の会社は見る見る大きくなっていきました。予め購入していた、銀座通りの近くの土地に彼は会社のビルを建てました。彼は社長になり、若いのに非常に成功した企業家になりました。

彼は世田谷に家を建て、人々がまだ車を持たない時に車を持ち、映画スターになるはずの売り出したばかりのニューフェイスの美女と知り合いになり、彼女と結婚し、幸いな家庭を持ちました。可愛い男の子も生まれ、幸福の絶頂にいました。

彼の交際範囲も広くなり、発言力も付いてきました。ある政治家の後援会の会長になることを引き受け、政治的な力も身に付けました。彼は成功の坂を上りつつあったのです。その頂上にはすばらしい栄光が彼を待っていると彼自身も、彼を知る皆も思っていたのです。

予期せぬ転落

しかし、その時、彼の妻に1つの心配事が生じたのです。彼の首の、左の耳の下に小豆ほどのふくらみがいつの間にか生じていたのを見付けたのです。気になった奥さんは、彼に病院に行って検査を受けるように勧めましたが、仕事に忙しい彼はそれを無視していました。しかしその小さなふくらみが2つになっていることを知った彼は、病院に行ってそれを医者に診せたのです。それは、検査の結果、耳下腺癌の初期であると診断されました。さっそく彼は手術を受けました。癌の病巣が全て取り除かれたと医者は言ったのですが、3年間再発しなければ完治であるけれど、もしかして癌が他に転移している可能性もあると彼の妻に医者は告げました。

やはり、その癌は他のリンパ腺に転移していたのです。そしてそれは手術によって取り除くことは不可能であると告げられたのです。35歳になったばかりの彼には、それは非常なショックでした。さっそく彼は会社の社長の地位から退きました。彼の死後に備えて、彼が持っていたその会社の株を彼の妻の名義に書き換えました。彼は妻を伴って北海道に旅をし、九州にも行きました。しかし、病気が進行してきて旅行ができなくなった時、友人たちを家に呼び、夜を徹して麻雀にふけりました。しかし、それもすぐにできなくなりました。

彼は妻に、それ以上の楽しみはないのかと尋ねました。彼の妻はどのようにして彼を慰めるべきか方法が分かりませんでした。それ以上の物がないと知ったとき彼は、人生が実に空しいものであることも知りました。彼の夢は全て消えてしまったのです。彼の友人が彼を見舞いにきた時、彼は自分が生きられないことを悲しみ泣くばかりでした。彼の友人たちも彼を慰めることばも方法も持っていませんでした。彼は悲しみと失望のうちに短い人生を終えました。

—小冊子「イワノフの悪夢」からの抜粋—

死に打ち勝つ希望

東村氏の人生は、「死に支配された人生の空しさ」を伝えています。あなたは、死を前にした東村氏にかける慰めのことばを持っておられるでしょうか。いや、あなた自身は喜びと希望を持って人生を終えることができるでしょうか。手足が動かなくなった時、死を前にした時、あなたに満足があるでしょうか。

イエス・キリストは、あなたに死に打ち勝つ希望を与えてくださいます。キリストは、全人類の罪のために、身代わりとなって十字架にかかって死に、葬られ、復活されました。その結果、誰でもキリストを信じる者には、罪の赦しと永遠のいのちが与えられます。そして、死も悲しみも苦しみもない天国で永遠に生きることができます。しかし、キリストを拒むなら、犯してきた罪の刑罰として、死後に永遠の火に投げ込まれることになります。

キリストを信じるなら、たとえすべてを失い、死を前にしたとしても、天で神とともに生きることのできる喜びを持つことができます。どうか、キリストを信じて真の希望を得てください。

「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。」(第一ペテロ1:8,9)

教会新聞 一覧ページへ戻る