どうしてクリスマスは祝われるのか?(2024年クリスマス号)

毎年12月になると、多くの場所でクリスマスが盛大に祝われます。クリスマス(Christmas)は、「Christ(キリスト)」と「mas(お祝い、礼拝)」を合わせた言葉からできており、それはイエス・キリストがお生まれになったことを祝うための日です。ひとりの誕生が二千年以上経った今でも世界中で祝われるのはイエス・キリストだけです。この方は、どのような方なのでしょうか?聖書は次のように語っています。
「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」ルカの福音書 2章11節
イエス・キリストは、この世にお生まれになった唯一の救い主なのです。それも、ここに書かれている「救い」というのは、病気や貧しさ、精神的な悩みからの「救い」ではありません。それらよりもはるかに重大な問題からの「救い」を指しています。
その問題とは「死」の問題なのです。どんなに若くても、元気であっても必ず死を迎えなくてはいけません。死は恐ろしいものです。聖書は人間の死とその後について次のように述べています。
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」ヘブル人への手紙 9章27節
人間は死んで無になることはありません。死んだ後には罪の裁きを受けなくてはならないのです。誰が裁きを下されるのかというと、それは天地万物を創造された神様ご自身なのです。この御方は罪を裁く義なる神です。ある人たちは、創造主なる神など現実には存在しないと考えていますが、それは大きな間違いです。
「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主です」使徒の働き 17章24節
神様は、人間や動物、植物、そして私たちの住まいである地球を造られました。その証拠に、これらには全て見事な秩序や仕組みがあります。たとえば、家を見れば建築士がいることは明らかです。たとえ家を建てた建築士や大工に直接会っていなくても、完成された家を見るだけでそれらが「作られた」ことは明らかです。数名の家族が暮らす家ですら偶然にできないのですから、全ての生命が生きる環境の全て整った大きな地球はなおさら偶然にはできないのです。私たちは神様を自らの目で直接見ることがなくとも、この御方のご存在を明確に認めることができるのです。
しかし多くの人間は神様の存在を否定しています。むしろ神様に逆らって生きています。今を楽しむことだけを考えて欲望のままに生きているのです。世の中で多発している、喧嘩、いじめ、盗み、殺人…これら全ては、人間が神様に逆らって生きている罪の結果なのです。皆さんの罪も神様はご存じです。神様はこれらの多くの罪に対して激しく怒っておられ、それらの罪を裁かれるのです。
「神は、善であれ悪であれ、あらゆる隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからである。」伝道者の書 12章14節
死後の罪の裁きを受けた者に待ち受けているのは地獄です。そこは火と硫黄とが永遠に燃え続ける苦しみの場です。なんと恐ろしいことでしょうか。多くの人間が死を恐れ、死について考えることを避けようとする理由がここにあるということができます。
しかし神様は、義なる御方であると同時に、愛なる御方です。人間が地獄で滅びることを決して望んではおられません。そこで神様は全ての人間を救うために、神の御子を救い主としてこの世に遣わしてくださいました。それがイエス・キリスト様なのです。イエス様は、処女マリアの胎を通して、完全な人としてお生まれになり、この地上を歩んでくださいました。そして公のご生涯の最後に十字架にかかってくださり、十字架の上で全人類の全ての罪を背負われて、身代わりとなって罪の刑罰を受けてくださったのです。本来ならば、皆さんが死後に裁きを受けなくてはならなかったのに、イエス様が身代わりとなって裁きを受けてくださったのです。イエス様は十字架上で最後に「完了した」と叫ばれた後、息を引き取られました。そして死なれた後、墓に葬られましたが、3日目の日曜日の朝に死の力を打ち破って、歴史上の事実として復活されたのです。イエス様は全人類の救い主となってくださったのです。
今や誰であったとしても、自分の罪を悔い改めて、イエス様を自分の救い主として信じるならば、神様は全ての罪を赦してくださると聖書は教えています。もはや地獄に行くことは決してありません。永遠のいのちを神様から頂き、神様の御国すなわち天国において永遠に生きる者とされるのです。
「信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つ」
「御子を信じる者はさばかれない。」ヨハネの福音書 3章15、18節
クリスマスは友人たちとパーティをしたり、恋人と過ごす日だと考えている方は多いかもしれません。しかし、この機会に皆さんにも、真実の救い主であられる神の御子イエス様についてお考えいただければと思います。どうか、十字架の上で皆さんのために身代わりとなって死んでくださり、よみがえられたイエス様を信じる方となってください。
「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」使徒の働き 4章12節