創造主(神)のご存在
2013年9月19日
「初めに、神が天と地を創造した。」 創世記1章1節
近年、科学技術が大変進歩しており、3Dテレビや様々な機能を搭載した携帯電話などが、私たちの日常の中でも見られるようになりました。誰でもそれらを見れば、それは人間が作った物だと考えます。決して、製作者なしに偶然に出来たものだとは考えません。それは、複雑な仕組みを持った物が、偶然には出来ないことを知っているからです。
ところが、多くの人は、人間や動植物や宇宙については、偶然に出来たと考えています。しかし、この自然界は人間が作った物よりもはるかに複雑な仕組みと優れた設計によって出来ているのです。ですから、この世界の設計者・製作者がおられると考えることが理にかなっており、それが当然の結論なのです。そして、その設計者・製作者とは、人間よりはるかに優れた知恵と偉大な力を持っておられる真の神なのです。この真の神によって、私たち人間は造られ、生かされているのです。
神が人間を造られたという事は、私たち人間にとって重要な意味があります。なぜなら、神には人間を造られた何らかの目的があるという事になるからです。人間でも製作者は、必ず目的をもって物を作ることを私たちは知っています。ならば当然、人間には、創造された神によって何らかの存在する目的が与えられているはずです。
聖書を見ると、「神は人をご自身のかたち(人格的存在)として創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」(創世記1章27節)と記されてあります。すなわち、神は人間に人格(知性・感情・意思)をお与えになり、ご自身の愛の対象として人間を創造され、人間は神と愛の関係の中で生きる者として造られたという事が分かります。私たちは、神の愛を知り、その愛に応え、感謝し、神を神としてあがめるために生かされているのです。ですから、誰ひとり、意味なく存在している人はいないのです。
しかし、残念ながら、人間は「神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず」(ローマ人への手紙1章21節)に生きているのです。その結果、人間は生きる目的を見失い、悲惨な人生を送っているのです。また、神を無視して生きる事は、神に対する大きな罪であり、人間は死後に火の池での恐ろしいさばきを受けなければならないのです。
しかし、神は、私たちを地獄から救うためにイエス・キリストを私たち罪人の身代わりとして十字架に架けて死なせてくださいました。そして、神はキリストを三日目によみがえらせ、キリストこそ神が遣わされた救い主であることをはっきりとあかしされました。
そして、神はイエス・キリストを救い主として信じ受け入れる者に、罪の赦しと永遠のいのちを与え、天国に入れてくださると約束してくださいました。どうか、真の神に立ち返ってくださり、イエス・キリストを信じてさばきから救われてくださいますように、そして、本来の生きる目的を知ってくださいますように、心からお勧めいたします。