京都恵みキリスト教会

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天に宝を積み上げる

「持ち物を売って、施しをしなさい。自分のために、古くならない財布を作り、朽ちることのない宝を天に積み上げなさい。そこには、盗人も近寄らず、しみもいためることがありません。あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです。」 ルカの福音書 12章33,34節

「あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もある」という主イエスのみことばは、聞く者の心を鋭く突き刺します。これは極めて実際的な問題です。私たちの心が天にあるか世にあるのかは、私たちの宝のありかがあかししています。

これは、私たちに与えられた天的な立場や再臨の希望についての正統的な教理を告白しているかどうか、また人々に天的な歩みを強く勧めているかどうかという問題ではありません。もちろん、それらは非常に大切なことであるのは言うまでもありません。しかし、健全な教理と勧めを保っている人が世に宝を蓄えているのならば、その人の心は世にあるのです。

主イエスは、弟子たちに「宝を天に積み上げなさい。」と命じられました。なぜなら、天に蓄えられた宝は、朽ちることも盗まれることもないからです。一方、世の宝は、やがて朽ち果て、消え去っていくはかないものです。究極的には、この世が火によってさばかれるときには、すべて焼け溶けてあとかたもなくなってしまう値打ちのないものです。ですから、やがて失われる危険な世に宝を積むのではなく、決して失われない安全な天に宝を積むことが最も賢明なのです。

では、どのようにして天に宝を積むことができるのでしょうか。主イエスは「持ち物を売って、施しをしなさい。」と語られました。これはメシヤの弟子に対して語られた命令ですので、直接教会時代の信者に当てはめることはできませんが、二義的に適用することができます。教会時代の信者に対しては福音宣教が命じられています。そして、私たちは、自分の持ち物や財産を福音宣教のためにささげることができます。主は、そのような献身的な犠牲に天で豊かに報いてくださるのです。

しかし、そうと知ってはいても、ささげることを躊躇してしまうことがあり得ます。なぜなら、その後の生活を心配してしまうからです。しかし、それは不信仰です。「ああ、信仰の薄い人たち。何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。・・・何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。」(ルカ12:28-31)主イエスは、天に宝を積もうと信仰によってささげる者の必要を必ず満たしてくださいます。毎日、烏を養い、花を着飾られる主が、ご自分の愛する子たちを飢えさせたり、裸にされることがあるでしょうか。それは絶対にあり得ません。どうか、主を信頼して天に宝を積み上げましょう。

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