キリストの復活(その1)
2014年7月27日
「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」 コリント人への手紙第一15章20節
クリスチャンがイエス・キリストを信じる根拠は、キリストが復活されたという歴史的事実です。もしキリストが復活していないのであるならば、キリストはただの人間に過ぎず、キリストの教えは数多くある宗教の一つに過ぎません。ですから、キリストの復活が否定されたならば、クリスチャンは信仰を捨てることになるでしょう。
しかし、キリストの復活が事実であるならば、本当にキリストは神であり、救い主です。ですから、キリストの教えは宗教などではなく真理であり、すべての人がその教えに耳を傾ける必要があります。では、キリストは本当に復活されたのでしょうか。
証拠1.聖書の宣言(神による証言)
冒頭のみことばにあるように、神のことばである聖書が、キリストの復活を宣言しています。また、四つの福音書すべてにキリストの復活が歴史的に書かれてあります。神が、キリストの復活を宣言しておられるのですから、人間がそれに異議を唱えることなどできません。聖書が神のことばであることを否定できなければ、書かれてある通り受け入れるべきです。
証拠2.弟子たちの目撃証言
百科事典や歴史書が認めているように、キリストの死後、弟子たちは捕まることを恐れて隠れていましたが、程なくして人々の前に現れて、キリストの復活の証人として、大胆に語り始めました。キリストの復活の目撃者の数は五百人以上でした。
目撃証言というのは、裁判においても事実を立証するのに有力な証拠の一つとされています。複数の証言が一致しているなら、それは事実と確認されます。ただし、人が証言する場合、偽証の可能性もあるため、証言させる前に偽証罪に対する処罰について同意を得て、真実のみを証言することを誓わせます。ですから、法廷における目撃証言には信憑性があります。
キリストの弟子たちの場合、キリストの復活を証言したために、キリストを十字架につけたユダヤ人たちから、迫害を受けました。後には、ローマ帝国からも迫害を受け、多くの殉教者が出ました。自分の信仰を否定すれば命を救うことができたにも関わらず、彼らは自分たちの命を懸けて証言したのです。果たして彼らの命懸けの証言は、偽証だったのでしょうか。人は、嘘だとわかっていることのためには、決して死ぬことはできません。
今日、裁判において、五百人以上の命を懸けた目撃者の声を無視する裁判官がいたならば、間違いなく不正な裁判官だと非難されるでしょう。
(続く)