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セカンドチャンス論への反論

セカンドチャンス論とは

セカンドチャンスとは、福音を聞くことなしに死んだ人々にも、死後によみの世界で福音を聞き、救いの機会が与えられると説く教えです。この世における回心の機会をファーストチャンスとし、それに対して死後における回心の機会をセカンドチャンスとしています。

セカンドチャンス論者は、「不信者が死後直ちに行くハデス(よみ)は最終的な刑罰の場ではないから、回心の機会がある。ハデスは地獄ではなく、人生を振り返るための場であり、回心を促すためにある場所である。」と主張し、ハデスで回心すればゲヘナ(最終的な刑罰)から救われると説きます。

セカンドチャンス論の根拠

「聖書的セカンドチャンス論」の著者久保有政氏は、死後のセカンドチャンスを示す箇所としてルツ2:20、エレミヤ18:8、ヨハネ5:25,28、Ⅰペテロ3:18〜4:6、ピリピ2:10,11、黙示録5:13、黙示録20:11〜15、ローマ14:9の八つの聖句を挙げます。

特にⅠペテロ3:18〜4:6の「その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られたのです。昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。…死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが、それはその人々が…神によって生きるためでした。」を取り上げて、キリストは死後によみに下られ、ノアの時代の大洪水以前の人々に福音を語られて、ある者は回心し、キリストの昇天のときに、キリストに連れられて天国に入ったと論じます。

セカンドチャンス論への反論

上記の八つの聖句は、いずれもセカンドチャンスを示す箇所ではありません。正しい聖書理解の原則に従って、これらの箇所を検討するならば、それは明らかです。ここでは、Ⅰペテロ3:18〜4:6の箇所を検討します。

みことばが語っているように、キリストが捕らわれの霊たち(ノアの時代の不信者たち)のところに行ってみことばを語られたのは事実ですが、それが行われたのがキリストの死後であるとはどこにも書かれてありません。この箇所を理解するための鍵は「その霊において」(19節)です。同じⅠペテロの1:10、11には「その救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちも、熱心に尋ね、細かく調べました。彼らは、自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、だれを、また、どのような時をさして言われたのかを調べたのです。」とあり、キリストが旧約時代に御霊によって、預言者たちを通してあかししてこられたことが書かれてあります。ですから、Ⅰペテロ3:19の意味は、ノアのうちにおられるキリストの霊が、ノアを通して当時の生きている人々にみことばを語られたということであって、セカンドチャンスのことではありません。

また、4:6の「死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていた」というのは彼らが生きていた間のことです。

結論

「死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行いに応じてさばかれた。」(黙示録20:13)聖書は、ハデスに投げ込まれた者は、回心の機会なくゲヘナに投げ込まれると教えています。だからこそ、私たちは今生きている人々に熱心に福音を語らなければなりません。

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