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3つのくびき(その6)

ヤコブは信仰を持っていながら、肉の力によって歩んだ人です。彼は、神に頼るよりも、自分の知恵に頼って行動する人でした。彼は、取引によって兄から長子の権利を買い取り(創世記25章)、父を欺いて祝福を横取りし(創世記27章)、伯父ラバンに一泡吹かせようと自分の群れを増殖させ(創世記30章)、エサウの怒りをなだめようと手を尽くしました(創世記32章)。しかし、主は、このような肉的な人を信仰の人へと導かれました。主は、ヤコブにとって重要な局面において何度も彼の信仰を励まされました(創世記25:23, 28:13-15, 31:1, 32:1)。

それでも頑なに自分の知恵によって歩むことを止めようとしない彼に、主ご自身が現れて、彼の肉を砕こうと夜明けまで格闘されました。この時も、ヤコブは一晩中神に抵抗していたのです。しかし、主が彼のもものつがいを打たれたことによって、初めてヤコブは自ら神に祝福を求めるようにされました(創世記32:22-32)。このように、神は頑固なヤコブに対して忍耐深く何十年も励まし、戒め続けてくださったのです。その結果、ヤコブは肉に頼ることの愚かさを実習しました。彼は、肉の力によって歩んだ自分の生涯を振り返ってこう言っています。「私のたどった年月は百三十年です。私の齢の年月はわずかで、ふしあわせで、私の先祖のたどった齢の年月には及びません。」(創世記47:9)

C.H.マッキントシはこう語っています。「父の祝福を不正に奪った後のヤコブの生活を見ると、誰でも、彼が、世的幸福をごくわずかしか楽しんでいないことに気がつくでしょう。兄は彼を殺そうと計画し、彼は、それを避けるため、父の家から逃げ出さなければなりませんでした。伯父のラバンは、…彼をだまし、…彼は秘密のうちにラバンから離れなければなりませんでした。…彼は、息子のルベンが彼の寝床を汚す卑しさ、…シメオンとレビのシェケムの人たちに対する残酷さと裏切りを経験しました。その次に、彼は愛する妻の死という悲しみを味わわなければならず、…ヨセフの想像上の不慮の死を悲しみました。そして、総仕上げとして、彼はききんによってエジプトに行かざるを得なくされ、その異国の地で死にました。」

これは、肉に蒔いた結果の苦い、非常に苦い刈り取りでした。しかし、主の忍耐深いお取り扱いによって、確かにヤコブは肉に蒔くことの愚かさを学んだのです。その結果、エジプトに下ってからの晩年のヤコブは、霊的な人、信仰の人とされていました。ヨセフの息子たちを祝福する際、彼は弟のエフライムが兄のマナセよりも大きくなることを予見して、エフライムをマナセの先にして祝福しました(創世記48章)。彼の肉眼は老齢のためかすんでいましたが、霊的な目は非常にはっきりと将来を見通していたのです。「信仰によって、ヤコブは死ぬとき、ヨセフの子どもたちをひとりひとり祝福し、また自分の杖のかしらに寄りかかって礼拝しました。」(ヘブル11:21)主の忍耐深い導きが、ヤコブの内に素晴らしい霊的進歩をもたらしました。

(続く) 

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