聖書メッセージ

聖書に関する疑問・質問はお問い合わせのページから受け付けています。

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最新メッセージ

キリストの復活(その2)

「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」 コリント人への手紙第一 15章20節

証拠3.空になった墓
キリストの遺体は、アリマタヤのヨセフという金持ちの墓に葬られました。そして、墓の入り口には大きな石を転がして、墓を塞ぎました。そして、ユダヤ教の指導者たちは、キリストが生前に三日目の復活について語っていたのを思い出して、弟子たちが遺体を盗みに来ないようにとローマの屈強な兵士たちに墓の番をさせていました。キリストの墓は、厳重に警備されていたのです。

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型と本体

[:ja]

「こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。これらは、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのです。」コロサイ人への手紙2章16〜17節

聖書は、権威ある神のことばです。それゆえに、信者が聖書に対してとるべき唯一の態度は、神の権威を認めて、聖書を文字通りに理解し信じることです。ですから、敬虔な信者は、聖書を文字通りに受け取らずに独自の発想によって解釈する比喩的解釈を排除します。生きていて力のある神のことばは、正しい態度で聖書を読む者にのみ語りかけ、真理の理解を与えます。

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キリストの復活(その1)

「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」 コリント人への手紙第一15章20節

クリスチャンがイエス・キリストを信じる根拠は、キリストが復活されたという歴史的事実です。もしキリストが復活していないのであるならば、キリストはただの人間に過ぎず、キリストの教えは数多くある宗教の一つに過ぎません。ですから、キリストの復活が否定されたならば、クリスチャンは信仰を捨てることになるでしょう。

しかし、キリストの復活が事実であるならば、本当にキリストは神であり、救い主です。ですから、キリストの教えは宗教などではなく真理であり、すべての人がその教えに耳を傾ける必要があります。では、キリストは本当に復活されたのでしょうか。

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立場と状態

「さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。」 エペソ人への手紙4章1節

聖書は、信者の立場と状態を明確に区別して教えています。この区別を理解していなければ、聖書の教える真理を正しく理解することはできません。

立場とは、キリストの十字架の御業に基づいて信者に与えられた永遠の身分です。一方、状態とは、信者の実際の有り様です。立場は永遠に変わりませんが、状態は信者がどのように神とともに歩むかによって変化します。そして、神は、全ての信者が与えられた立場にふさわしい状態であることを求めておられるのです。

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聖書の預言

「なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖書に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。」 ペテロの手紙第二1章21節

聖書は、自らを神のことばであると宣言しています。その証拠のひとつは聖書の預言です。すなわち、未来に起こる出来事を前もって語ったことばです。聖書の中には、キリストについての預言が三百以上あります。その中のいくつかを以下に引用します。

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平等を図られる神

「私はこのことによって、他の人々には楽をさせ、あなたがたには苦労をさせようとしているのではなく、平等を図っているのです。今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。『多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった』と書いてあるとおりです。」 コリント人への手紙第二8章13~15節

聖霊に導かれたパウロは、コリントの信者たちに、迫害とききんのゆえに困窮しているエルサレムの聖徒たちのために献金をするようにお願いしました。それは、決してエルサレムの聖徒たちには楽をさせて、コリントの信者たちばかりに苦労をかけさせようとしているのではありませんでした。それはむしろ、平等を図るためであり、余裕のある集まりから欠乏している集まりへの恵みの分配であったのです。

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心が満たされなかったザアカイ

「それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。」 ルカの福音書19章1~4節

聖書の中に、ザアカイという人が出てきます。ザアカイは、取税人のかしらでした。その当時、イスラエルの国はローマ帝国の支配下にあり、ローマ皇帝に税を納めなければなりませんでした。ザアカイは、自分と同じイスラエル人から、皇帝に納めるための税を集めていたのです。そして、それだけではなく、多くの者たちから金をだまし取っては自分のものにしていたのです。

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キリストのからだの各器官

「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」 コリント人への手紙第一12章26~27節

すべての信者は、キリストを信じた時、聖霊によってキリストのからだにバプテスマされました。キリストのからだとは、現在地上に存在しているすべての信者によって構成されている一つの集まりです。キリストは、かしらとしてこのからだを用いて福音伝道の働きと教会形成を進めておられます。

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ナザレのイエスは何者か

「イエスは彼らに言われた。『あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。』」 マタイの福音書16章15節

この問いかけは、イエス・キリストが自分の弟子たちへ投げかけたものです。あなたは、イエス・キリストを誰だと言われるでしょうか。一般的にイエス・キリストについては、「キリスト教の教祖」、「世界三大聖人のひとり」、「愛を実践した人」などと言われています。

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一致を熱心に保ちなさい

「あらゆる謙遜さと柔和さとをもって、また忍耐をもって、また愛をもってお互いに忍び合い、平和の鎖に繋がれて御霊による一致を熱心に保ちなさい。」 エマオ出版訳エペソ人への手紙 4章2~3節

神は、今の時代、キリストのからだである教会を通してご自身の栄光を現しておられます。キリストのからだである教会とは、聖霊が地上に存在している全ての真の信者によって構成しておられる一つの集合体のことです。キリストは、そのかしらとして教会をからだのようにお用いになり、福音伝道と教会を建て上げる働きを進めておられます。そして、救われた私たちは、聖霊によってこのキリストのからだに入れられ、その一員とされているのです。

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